2011/01/21(金) 17:38 - 3-8 組 M (男)
今回はこういう本を紹介します。
×月×日
二重被爆者という人々がいることをロバート・トランブル『キノコ雲に追われて』(あすなろ書房)で
初めて知った。二重被爆者とは、広島で被爆した後に長崎で再び原爆被害に遭遇した人々のこと
である。
これまで私は、どちらかといえば被爆者の証言本は敬遠してきた。情緒に流されることが嫌だっ
たからだが、この本は、著者のトランブルの文章と九人の証言者達の語り口のどちらも抑制的なの
で、黙々と読み進むことができた。おそらく、トランブルが米国のジャーナリストだったことで、取材
する側も取材される側も、お互いに感情を抑える結果になったのだろう。
証言者ごとに被爆体験は様々だが、広島で出勤途中に被爆し、自宅に残した新妻を亡くしたヒ
ラタケンシさん(この本では、本文中の登場人物の氏名はカタカナで表記されている)の証言が、私
にはもっとも強く印象に残った。
自宅は跡形もなくなっていたので、ヒラタさんは、空襲で焼け出された時に落ち合うことにしてい
た場所に向かったという。しかし、いくら見回しても妻の姿がない。
「もうどうしようもなくなって、『セツコ! セツコ!』と大声で呼びました。すると『ここにセツコさんが
いるよ!』と返事がかえってくるではないですか。うれしくなってとびあがり、その声のほうに走って
いきました。でも、ぬかよろこびです。妻と同じ名前の別の女性でした」
一抹の不安を覚えながらも、妻が戻ってくるかもしれないと、その夜は自宅の焼け跡で過ごした
という。
「朝の四時ごろだったと思います。だれかに棒のような物でつつかれて目がさめました。目をあける
と、五、六人の兵隊にかこまれていました。兵隊は担架をもっています。ひとりが『見ろ! 生きて
いるぞ!』といって、『だいじょうぶか』ときいてきました。
『ここはわたしの家です。会社からもどったら、ごらんのとおり、なにもかもなくなっていました。妻が
死んでしまったのではないかと思い、夜のあいだここにいっしょにいることにしたのです。ねていた
だけです』
そう答えると、兵隊は『気の毒にな』といって、去っていきました」
その後、妻が亡くなったことを確認したヒラタさんは、焼け跡から妻の遺骨をかき集め、郷里の長
崎に帰り着く。ヒラタさんが二度目の原爆に遭遇したのは、実家で原爆の威力について話し始めた
矢先のことだったという。
「そのとき、記憶に新しいあの金色の光がまたしても目の前で光ったのです。両親に向かって大声
でさけびました。
『この光だ! ふせて!』
すぐにあのすさまじい爆風と爆音が追いかけてくる。わたしは身がまえました。だが広島のときほ
どひどいものではありませんでした」
幸いにも実家が山陰にあったため、爆風と熱波の直撃が避けられたのだという。めちゃめちゃに
なった実家を片づけ、ヒラタさんは妻の実家に遺骨を届けに行く。その時のヒラタ[平田研之]さん
の胸中は察するに余りあるものがある。読んでいて痛々しい思いがした。
×月×日
吾妻博勝『コメほど汚い世界はない』(宝島社)を読めば、コメのメシが喉を通らなくなることは確
実だ。
魚沼産コシヒカリといえばブランド米として知られる銘柄だが、コメの流通市場で取引されている
「魚沼産コシヒカリ」の量は、新潟県で実際に収穫される魚沼産コシヒカリの三十倍の量になるとい
う。要するにほとんどが偽物なのだ。もしも魚沼産コシヒカリという触れ込みのコメを食べている人
がいたら、自分が口にしているのは魚沼産コシヒカリではないと考えた方がよさそうだ。
著者によれば、「安ゴメを高級ブランド米に、輸入米を国産米に、あるいは汚染米を一般米に、
有機栽培米にといった、マネーロンダリングとそっくりの偽装行為、つまり『ライスロンダリング』が行
われている」という。
ある卸業者などは、「新米に古米を1粒も混ぜない業者がいるなら是非、顔を見たいものだ。上
手にブレンドすれば、そっちのコメのほうが旨いと言う人もいるんだからさ」と言い放つ。この業界が
本当にどうしようもないことがよく分かる。
新米に古米を混入するのはまだいい方で、線路米という隠語で呼ばれるコメの話などは本当に
ひどい。鉄道の線路脇にある田んぼから収穫されたコメの中で、除草剤に汚染されてしまったコメ
のことを線路米という。なぜそんなコメが出てしまうのか。線路の周辺に雑草が生えてくるのを防ぐ
ため、鉄道会社が大量の除草剤を散布するからだ。散布直後に雨が降ったりすると、洗い流され
た除草剤が線路脇の田んぼに入ってしまうことがあるという。当然、汚染されたコメは売り物にはな
らない。
ところが、悪質な農家になると、鉄道会社から補償金をせしめておきながら、汚染された線路米
を収穫して出荷してしまうケースがあるという。汚染米と知りながら買い付ける業者もいるから、農
家にとっては儲けが増えるという訳だ。恐ろしいことだが、本当は流通させてはいけないこうした汚
染米が、ライスロンダリングによって消費者の口に運ばれていくことになる。線路米だけでなく、カ
ドミウム米や被爆米といった物騒な話まで飛び出す。
本来ならば、農水省や農協がこういった不正行為をきちんと取り締まるなりしなければならない
はずだが、この本では、農水官僚が悪質業者と癒着している実態や、農協が利益追求にばかり汲
々としている有様も明らかにされる。一部には良心的なコメ農家や卸業者がいるにしても、コメ業界
全体としては、自浄能力など望むべくもないことが分かる。
暗澹たる思いにとらわれるが、食にまつわる深刻な問題だけに知らぬが仏という訳にはいかな
い。特に食べ盛りの子供を持つお母さん達(49期生の中にもいっぱいいるはず)は、こういう現実
があることを知っておいた方がよい。
民主党政権は農家への個別収入保障をやるという。農村票欲しさの底意がみえみえの政策だ
が、そんなことよりも、この本で暴露されている腐敗構造にメスを入れるべきではないか。
×月×日
ネット上に流出した文書は未見だが、警視庁公安部の機密文書流出はかなり深刻な事態のよう
だ。しかし、今回のような失態は警視庁公安部のものだけではない。同じく公安組織の一角を占め
る公安調査庁でも、過去に内部文書が大量に漏洩したことがある。
その時に流出した文書をまとめたのが、社会批評社編集部編『公安調査庁スパイ工作集』(社会
批評社)である。「公安調査官・樋口憲一郎の工作日誌」というサブタイトルからも分かるように、樋
口という公安調査官が、情報提供者と接触して聞き込んだ話をまとめた報告書をナマ資料のまま
出版したものだ。
公安調査庁が、どのような人物を情報提供者として獲得しているのかも面白い(驚いたことに作
家の宮崎学が情報提供者として出てくる)が、それらの情報提供者と公安調査官との間で交わされ
るアングラ情報の中身はもっと面白い。どこまで信じるかは別として、アンダーグラウンドな世界で
どんな情報が飛び交っているのかが分かる。
例えば、「『よど号』グループの動向について」と題された報告書(平成6年11月28日作成)には、
よど号グループ支援者某が語ったこととして、次のようなことが書かれている。
某はよど号グループの帰国運動に奔走してきたが、最近になって、帰国運動そのものが北朝鮮
によって政治利用されていることに気がついた、という。北朝鮮はよど号グループを帰国させるつ
もりなどなく、帰国させるように見せかけて日本国内に支援組織をつくることが目的なのだが、こう
した内実は、グループのリーダーである田宮高麿だけが少し知っている、という。
「彼らにしてみれば、金正日[が指導者]になれば北朝鮮の扱[い]が変わるものと期待していたと
ころ、以前と全く立場に変わりがないことを知ってショックだったようだ」
「帰国が実現できる道は、北朝鮮の体制崩壊に期待するしか手がないことが分かった。そのため在
日の有力メンバーをも動かして気づかれないように金正日体制の崩壊を早めることに手を貸す戦
術をとるしかない」
さらに某はこんな衝撃的な情報を口にしている。
「『よど号』グループの吉田金太郎は、1985年9月に北朝鮮で肝臓病で死亡した。正確にいうと肝
臓病にされて死亡した。理由は、吉田の父親が戦前『特高』に関わっていたということを北朝鮮が
知り、その子供である金太郎を不都合な人物として病死させたという。
これと同じような話は、いま北朝鮮にいるメンバーにもあるようで、二人目が出る可能性がある。
こういうことを『よど号』グループのメンバーはうすうす知っており、大変なストレスになっている」
某が公安調査官にこの話をしてから一年後、田宮高麿が急死している。某が口にしていた“二人
目”とは、ひょっとすると田宮のことを指していたのかもしれない。
怪しいのは怪しいが、一概にガセ情報とはいえないという気がしてくる。