沖縄県立首里高等学校:一中時代 掲示板

No.75 29期生の先頭バッターホームランに拍手

2013/03/11(月) 10:28 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
前回の書き込みで、「養秀の杜・植物苑」に、どうぞ、記念植樹を!とアピールしたら、早速29期生の模合グループから電話があって、「植樹をやりたい」という申し込みが来た。これこれ、こういう養秀マン・養秀レディーの心意気がたまらない!人生意気に感ずる、素直な心。昨日、代表の與那嶺君が養秀園芸サークルの作業現場に現れて、相談したとき、29期の諸君の年齢を聞いたら59歳前後だという。人生の最高峰(Prime of life)に立っている頼もしい世代だ。総合判断力が最高に熟する年頃。ただし、順調に経過している場合であって、中には、進行方向に霧が立ち込めて、羅針盤も定まらない、戸惑いの定年を迎える人もいるだろう。そういうときに、友人の支えが大いに役立つ。なにを言っても誤解されない親友が一番頼りになる。それが、高校時代の仲間(同期生)なんだと考える。月一回の模合で、飯を食い、酒(ビール)を飲み、しゃべって、握手して、別れるだけで、充電されるものを感じて、「ようし、生きるぞ!」と星空に吼える。そして、その上で、母校の同窓会の呼びかけに応じて「樹を植えよう」と団結すれば、もう、いうことなし。29期生のために、現在、植える樹木を検討中だが、29期生の要望は、香りのする種類(例えばクチナシ)だという。大いに結構。無数にある芳香性植物から選別して進ぜよう。

No.74 有酸素運動としての植樹運動

2013/03/09(土) 11:41 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
29期生から、「なにか植えたい」という提案があった由。とても嬉しく。実は、樹を植えるという動作が極めて健康的で、特に定年前後の団塊の世代、そして、いま最もメタボっている30代~50代の男女に強く勧めたい運動なのです。まず、①大地を相手の趣味であること。はだしになればますますいいんだが、運動靴で結構、地面に一番近いところで、体を動かすという行動が、感覚を太古の昔に帰らせて、人の心身に活力とバランスをもたらすのです。②何か(植物)を地面に植えるということは、そこに生命を預けるという崇高な思いを伴います。物を廃棄するという行動とは根本的に違います。③植えた植物はがむしゃらに成長しようと活動します。人間はこれに引っ張られるように,お付き合いしなければならず行動を強いられます。これがいい。④植えられた植物には未来しかない。次はどうなるか、われわれに期待(Anticipation)を抱かせます。どういう葉を伸ばすか、どういう花を咲かせるか、たえず前に引っ張ります。これが、我々に精気をもたらします。⑤一番大事な点は、これらの行いが、もちろん自身のためではるが、大抵の場合、人のため社会のためになるということ。家族、地域社会、友人・知人のためをちらっとでも思う、心のゆとりがもたらされる。なんとまあ人間的であることか。”養秀の杜”はそういう修業の場でもあるのです。とにかく、テレビの前で、ゴロゴロぷーぷーしてないで、一緒に元気になろう。

No.73 植樹運動と健康

2013/03/09(土) 11:19 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
いままで「養秀植物園」の仮称で構想が進められてきたが、先日の同窓会企画文化部の検討会で、”養秀の杜”植物苑というやわらかい名称が提案され、その線で推進されることになった。これで、同窓会会館の狭い駐車場周辺に閉じ込められそうなイメージが取れて、玉陵を含む首里城南西方向の樹林がやんわりと養秀の杜に抱き取られる感じになり、多くの同窓生だけでなく、広く那覇市民や観光客にもオープンな地帯となりそうな気がしてきました。加えて、玉陵裏の斜面に埋没しそうになっていた一中健児隊の壕が明瞭となり、ますます「史跡を含む霊域としての植物苑」の姿が浮かび上がります。この一帯には、今後椿や桜などの有用植物を多数植栽する計画で、同窓生による、記念植樹も呼び掛けられていますが、早速、29期の面々が「何か樹を植えたい」と、申し込んできました。このような同窓生による植樹運動は、そもそも小生が医師として推奨していた健康増進法の一つで、定年前後の団塊世代に特に勧めてきたことなので、「樹を植えたい」という29期生の動きにとても嬉しい思いをしました。どこに、なにを植えたいのか、まだ詳しいことは聞いていませんが、”養秀の杜”が、やがて同窓生諸君の健康増進の現場になって、植樹運動のメッカになれば、と、考えるだけで、小生、長生きしそう!!

No.72 一中健児之塔前の桜

2013/03/08(金) 10:23 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
養秀会館の敷地にある一中健児之塔。毎年6月23日(慰霊の日)には、首里高校在学生、遺族、同窓生の参加で盛大に慰霊祭が行われるが、その塔の前面左右に植えてあった桜(カンヒザクラ)が、いつの間にか枯死し、無残な姿をさらしていました。これを、20会(昭和20年3月時点で一中に在学していた学生の生存者)の支援で、「養秀園芸サークル」が復元することになりました。すでに植栽のための大きな穴が掘られて、新しい桜の苗の到着を待つのみとなっていますが、樹高2~3メートルほどの元気なカンヒザクラの苗2本を寄贈してくれる同窓生(仲間)はいないか。目下、アピール中。寄贈してくれた同窓生あるいは有志の方のお名前は、もちろん桜の樹下に記念標識を設置します。

No.71 一中健児之塔と”養秀の杜”植物苑

2013/03/08(金) 10:04 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
今からおよそ68年前(昭和20年・1945年)、現首里高校の南、養秀会館敷地で、県立一中学徒隊が沖縄守備隊第32軍に徴兵されて、鉄血勤皇隊として従軍していった、歴史的パウアーポイントがあるのを御存知だろうか。養秀会館敷地の北側斜面に、今も残るいくつかの壕。その多くが草と土砂に覆われ放置されているのを「最後の一中生(昭和19年入学)」のグループが気付いて、付近の除草をし、遊歩道を作り、参拝者や観光客のための説明板を建て、那覇市の有数の史跡として整備しようと、意気込んでいるところ。玉陵の敷地に含まれているため、同窓会としての取組には、いささか限りがあるが、斜面全体を一中健児之塔の霊域として、包括的に考え、これを”杜”として「植物苑」にしようと、企画されている。養秀会館内にある、健児隊の各種資料を展示して、健児の像を建て、年に一度の慰霊祭をやるだけの程度では、青春半ばにして散華した健児たちの慰霊には物足りないと考える発想から、この辺り一帯を荘厳ながら華やかな”杜”にしようという構想である。いままで、「養種植物園」という仮称で企画されてきたが、先日の同窓会企画文化部の会議で、「”養秀の杜”植物苑」という伸びのあるネーミングが提案(太田さん案)されて、このタイトルで同窓会・同窓生の了解をとろうということになった。

copyright(c) 1993- , 同期会掲示板 ALL Right Reserved.