2007/12/03(月) 00:53 - よろず 組 がじゅ丸 (女)
『ユキコ』
「お父さん、きょうはキヌコの誕生日だから早く帰ってきてね。」
「はい、いってらっしゃい。気をつけて。」
ベランダから手を振って送ってくれる姿もいつもどおりだったじゃないか。
マンションの前の小道を、朝のこの時間は通勤のサラリーマンやOLが通るから、
いつまでもそこから手を振って送らなくてもいいよ、ユキコ。
「日課だからいいの。」と楽しそうに、国道に出る角を折れて俺の姿が見えなくなるまで、
いつもそこから手を振ってたな。
キヌコはもういくつになった?
33だよ、ユキコ。時間がたつのは早いなぁ。あの年のキヌコの誕生日から3年待って、
やっとシンジくんのところにいったよ。
毎年、誕生日は必ず帰ってくるよ。婿さんに申し訳ないから、と言っても、
これは父さんと母さんと私の年中行事だから、この日だけはゆずれないと言ってね。
必ず泊まりがけでやってくるよ。シンジくんも快く送り出してくれるらしいや。
一緒に来ればいい、と言ってるんだが、この日だけは水入らずのほうがいいって断固人の話に耳を貸さないよ。
あの男もわりと頑固者だぞ。
キヌコはきょうも会社帰りにそのまま来るって連絡があったよ。
あの日から10回目の誕生日だ。もう10年か。
俺はキヌコのためにケーキを焼く。今年はユキコの好きなシフォンケーキだ。
きょうはアールグレイのシフォンを焼いたよ。クリームはキヌコが作る予定だ。
この日は残業はなし。毎年早退して帰るようになった。ユキコが待っているからね。
ユキコと二人でキヌコの誕生日を祝ってやろうと思って、できるだけ早く帰るようにするんだ。
ユキコ、あの日もずっと俺の帰りを待っていたんだよね。
ごめんな、俺がもっと早く帰宅すればよかったんだよな。しっかりしてるようで案外甘えん坊だからね、きみは。
きっと俺の名前を呼んで俺の帰りを待っていたんだろう。
ユキコの指輪、俺の小指にぴったりだよ。
俺ももうすぐ定年だよ。そしたらこれよりもう少しましな指輪を買ってやろう、なんて思ってたのに。
「いうだけタダ」って笑ったな。
キヌコがさ、言うんだよ。
「誕生日をお祝いするのは、自分がひとつ大人になるからじゃない。
この日に母さんが頑張って私を生んでくれたから、こうやって誕生日を祝うことができるの。
誕生日は母さんを思い出す日。父さんと母さんに、生んでくれてありがとうを言う日。」
ユキコ、きみがいつもくちずさんでた歌が思い出せないんだ。
それだけはもう喉がムズムズするくらいのストレスだ。なんだったっけ、教えてくれよ。
どんなに頭の中で焦点を合わせて考えてもだめだ。俺にはちょっとつらい宿題だぞ。
本音はさ、もういつでもいい。早くきみに会いたいよ。笑うなよ。
でも宿題ちゃんとやらないと怒られそうだしなぁ。
そうだね、俺はさ、ほんとにきみを愛してるんだな、ユキコ。