2003/02/13(木) 01:13 - 22R 組 超朗 (男)
志賀直哉の短編「清兵衛と瓢箪」に次のようなことがあります。
清兵衛という名の12歳の子どもが中心です。
彼は瓢箪が大好きで、勉強そっちのけで瓢箪ばかりいじっていた。
店にぶら下がっている瓢箪の中から、ありふれた安いのを買ってきて、
あの手この手で丹念に磨き上げて、その数は10個ほどになっていた。
ある日10銭で買った瓢箪をすごく気に入って離せなくなり、学校へも
持って行くようになった。
とうとう勉強中に机の下で磨いているのを先生に見つかり、こっぴどく
叱られる羽目になった。
怒った先生は、瓢箪を取り上げてしまった。
この先生、まだまだ怒りが収まらなかったと見えて、家まで押しかけて
親をしかりつけたのであった。
激怒した父親は、清兵衛を散々殴りつけたばかりか、清兵衛が丹念に
みがいてあった瓢箪を全部叩き割ってしまった。
先生は、取り上げた瓢箪を、けがれたものでも捨てるように小使にやってしまった。
小使は、わずかでもいいから売れるかも知れないと考え、近所の骨董やへ持ち込んだ。
なんと散々ねばって50円で売りつけた。
小使は先生の月給の4ヶ月分ををただで稼いだのであった。
しかし驚くのはまだ早い。骨董やはそれを地方の金持ちに6百円で売りつけたのだ。
今風に言えば、仕入れた原価に対し、付加価値が6000倍という天文学的な数値に
なったのである。
天下のトヨタやマイクロソフトと言えども、とても及ばないはずだ。
概略以上だが、文学的な解説は出来ないので、実利的な面からの私見は、
次のとおりです。
子どもが1番好きなこと、夢中になれることにうちこめば、無限の可能性が
期待出来ると言えるのではないでしょうか。
親が医者になれ弁護士になれと押し付けたら、秘めている才能を押しつぶす
ことになりはしないか。
「好きこそもののじょうじゅなれ」とかいう言葉もあることだし。
ところで清兵衛君、今度は絵を書くことに熱中するようになった。
これにも父親がこごとを言い出したところで、短編は終わっている。
清兵衛君の肩を持って、私流に続きを加えてみました。
「今度は父親が怒っても、絵を破っても、清兵衛はくじけなかった。
先生にぶん殴られても、机の下で絵を書きつづけた。
清兵衛の鬼気せまる迫力に押されて、父親も先生も恐れをなして
引き下がざるをえなかった。
現在、清兵衛画伯の作品は、数億円単位の値で取引されている。」