2004/04/29(木) 18:23 - 22R 組 超朗 (男)
単語だけをあれこれ解釈するとまぎらわしいので、
会話や文章の流れの中で、どう使われているかで判断する方がわかりやすいと思います。
1つの例を紹介します。
今日(4月29日)の沖縄タイムス朝刊から。
市町村の財政危機について、嘉手納町長が次のように述べています。
「今の厳しい状況は4,5年前から警告は出されていた。当時から覚悟を持って行財政運営臨むべきだったが、大半は国が面倒を見てくれた従来の慣例の中で
『なんとかなる』という惰性に流されてしまった」
私が多くの長老に囲まれて育ってきた環境では、「なんくるないさ」はここで言う「なんとかなる」と同じ意味で使われたと思います。
更に続きです。
「国のコントロールから解き放たれ、市町村が自らの責任で物事を決める社会。自治体の努力で優劣が生まれる。独自の色を持った自治体をつくりあげるには、分権社会の実態を的確にとらえ、地域の哲学を確立しなければならない。首長だけではなく、議会と地域住民が一体となってこういう形の街をつくろうという広い共通認識を持つことが絶対的な条件だ」
チャ-ガナしたいものです。
つまり、みんなで知恵を出し合って、このような自治体を作り上げたいものです。
ただ言葉は時代とともに変化するので、時と場所と年代層によっていろんな意味に使われていくことも考えられます。
公式の文書を書く時は、型にはまった標準的な文章になるのはやむを得ないが、
日常会話ではいろいろ使い分けて楽しむのも時代の流れでしょう。
現に小生は、ネット上やケータイで飛び交う短絡変形されたchat語(?)を理解出来ず、目を白黒させている今日この頃です。