小生の私的ホームページに時々ピシリと頂門の一針ともいえる意見が飛び込む。大半は、老骨を労わるような、建設的なものだが、中には痛烈な批判であったりする。むしろ、無視されるよりは、爽快な感じで、大歓迎である。先日の書き込みに「老化した同窓会の運営に不満を募らせて”養秀ではなく、養老同窓会”だと、評した文が載った。言いえて妙だ。だが、同窓会同局も、会を若返らせて、いろいろな意見が自由闊達に交わされるようにしようと、努力している。先日の同窓会総会でも、従来の評議員制度を改めて、代議員制度とする案が可決された。それは、万余の同窓生が等しく参与するような渺茫たる民主的決議方法ではなく、選挙によって選出された50名ほどの代議員に意見を吸い上げてもらって、機動力のある会議にしようと、小生は読んだ。小生、同窓会の役員でもなんでもなく、全くのフリーの立場で、ただ、愛しい同窓会の発展充実をいのるだけだが、痩せ犬の遠吠えのように、ほざくだけでは駄目でしょうと、諌める役ならできると、考えて、この欄を通じて「ガス抜きの栓」の仕事をしようと、考えています。その一つの手として、「養秀の杜・植物苑」をスタートさせました。なにはともあれ、ゆるりと「養秀の杜」にも現れて、浩然の気を深呼吸してみない?