沖縄県立首里高等学校:24期 掲示板

No.10 沖縄は完全に赤になったなあ!

2015/02/01(日) 15:36 - 三年四 組 与那嶺正勝 ()
沖縄は完全に赤一色になったのですね。
当間先生の活動のお陰でしょう。ご熱心でしたから。
ぜひ中国領になるまで頑張ってください。
ちなみに私は内地に残ります。
中国は嫌いですので。では!

No.9 病気はさざ波のように

2014/02/27(木) 15:28 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
人間の頭では、首の血管(頚動脈)から上がっていった血液が、脳髄を一巡りして、再び首の血管(頚静脈)に合流し、心臓に戻っていく仕掛けになっているが、途中のどこかでパイプが切れたり、詰まったりすると、いわゆる脳卒中ということで、大変である。小生が半身不随になったら、家族や園芸仲間に迷惑をかけるし、医療保険や寝たきりになってからの介護保険への負担が大変である。これは、何を置いても、倒れないうちに、手を打たないと、お天道様に申し訳が立たない。ということで、脳内撮影を承諾した。一泊二日の日程で、断行だ。まず、右の腕の血管から、細いビニール管をそろそろと差し込み、頭の中の「問題の個所」で、造影剤を注入するという。そして、動脈から静脈へ流れ込んでいる異常なバイパスをはっきりと確認する。それから後は、主治医の先生の判断で、手術をするか、しばらく様子をみるか、決める。まな板の鯉、じたばたしないで、運を天に任そう。そうはいっても、小生、今まで健康保持には、人一倍気を付けて暮らして、なにも悪いことをしていないのに、どうしてこんなややこしい病気に見舞われたのだろう。と、これは、多くの病人の感じることだろう。自業自得と反省して、従容と成り行きに任せるひともいるだろう。小生の場合、ご先祖様からのDNAの影響もあると、考えている。明鏡止水。

No.8 近況報告

2013/05/14(火) 19:46 - 三年四組 組 与那嶺正勝 ()
卒業アルバムが机の奥から出てきました。
あっ24期なんだと再確認。お久しぶりね!なんちゃって。
それで、アクセスすると、まあ、まあがら空き状態ではありませんか。
みんな元気で頑張っているかい?
アルバムの若い顔がみんな輝いているね。
オレも昔のままよ。まったく変わってないから。心は、、、。
ガンジューアリンソーリヨ   (京都市在住)

No.7 拡大養秀植物園その②

2012/11/21(水) 11:00 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
じゃあ、どうするか。養秀同窓会会館なんて、行ったこともないし、興味もない、という同窓生が多い中で、このような頓珍漢な話題を書き込みするのも気が引けるが、まあ、年の瀬の話題として知っておいてくださいな。この2-3年、養秀園芸サークルの仲間内で、小さいながらもユニークな植物園を作ろうという案が出て、現在、駐車場の西側に木製パーゴラが次々と建設され、園芸作品がそろそろと持ち込まれつつありますが、一中健児の塔の背後にある斜面が草ボーボーで、むさくるしく放置されているので、これも眼中において、霊域としてもちゃんと整備していこうと、精出しているところ。そこへ、先日、小さいハブが出現したのです。この斜面、実は、那覇市の管轄する玉陵(タマウドゥン)と隣接していて、赤ちゃんハブがどこで生まれ、その両親ハブが、現在とこに徘徊しているのか、その外の仲間ハブたちがどれほど生息しているのか、わからないのです。小生、これは、ハブ一族からの啓示(ムヌシラシ)であると、ひらめいた。
ただ、養秀同窓会会館だけの問題でなく、首里城台地全体の問題であること。鉄血勤皇隊の生き残りでつくる「二〇会」が、健児の像(二体目)をつくる計画で多忙になり、健児たちが第三二軍に組み込まれて四苦八苦したこの斜面一帯を放置しては、「あかんぜよ」と、ムヌシラシをしに現れたものと直感したのです。

No.6 ニューカレドニアにかける橋

2012/11/08(木) 16:30 - 最後の一中生 組 吉田朝啓 () chokei@nirai.ne.jp
先日、同じタイトルで南太平洋の島ニューカレドニアにある県人会(戦前移住した県人の子孫)と提携して、島に自生するヤシを導入したい、と書き込みして、誰か英語ができて、ある程度植物の素養があって、やる気のある同窓生はいないかなあ、と、呼び掛けたら、ひとり女性の同窓生が手を挙げた。しかし、多少の英語とE-mailの素養はあるが、植物には自信がないという遠慮気味の内容。今日、そんな完璧な素養は、実は、小生も備わっていないと、告白して、励まし、反応を待っているところです。他国に架ける橋はそんなに楽なものではないのです。小生、今まで南米ボリビア、ハワイ、カンボジア、中国などに国際交流の矼を架けたが、難儀な部分もあれば、いとも簡単に出来上がる矼もあるのです。要は、向こう岸に対応してくれる人物(Counterpart)がいるかどうかがカギです。小生上述の各国に志を同じくするカウンターパートがいて、揚々と矼を渡って、交流しています。ただし、一方的な交流ではいけません。こちらに物や知恵があるから授けましょうでは駄目で、そちらにある物と「互恵の条件」で交換しながら提携しましょうというあり方です。24期からもこのキャンペーンに加わる人士はいませんか。

copyright(c) 1993- , 同期会掲示板 ALL Right Reserved.