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沖縄県立首里高等学校 49期 掲示板

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沖縄県立首里高等学校 49期 掲示板 記事表示

【292】 たまちゃんメモリアルコンサートチケットについて追加です。
松茂良千夏 () <メール送信> 削除
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お問い合わせがあったので追加させて頂きます。

★チケットは前売券と、会場にての当日券がありますが、同額(1,210円)になります。
 (お手数ですが、当日券ご購入の際、お釣りが出ないようにお願い致さします)
 *前売券をご希望の方、その他ご不明な点はTEL090ー4471ー5005までお問い合わせ下さい。

みなさん、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
【291】 たまちゃんのメモリアルコンサートの詳細です!
松茂良千夏 () <メール送信> 削除
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こんにちわ(^^)

沖縄は梅雨真っ盛りですが、みなさん、雨なんかにに負けていませんよね(^^)v

先般、こちらの掲示板でお知らせした、たまちゃんのメモリアルコンサートの詳細と
チラシが完成したとの事で連絡がありましたので、あらためて告知させて頂きます!

★日時:2012年6月9日(土)  17:30開場  18:00開演

★会場:那覇ぶんかテンプス館ホール
 (那覇市牧志3-2-10  TEL098-868-7810)

★料金:1210円
 (故人の命日にちなみ、チケットの売り上げの一部を沖縄県がん患者会連合会へ寄付します)

★コンサート出演アーティスト
 ♪白築純(ボーカル、ピアノ。たまちゃんの歌の先生で主催者)
 ♪川田俊介(ギター)
 ♪イルカッパーズ(ギター、ベース、コーラス:玉木哲太郎&サックス、パーカッション、
             ボーカル:玉木智子によるデュオ)

 ♪KOBA


★内容 ・追悼舞踏演目(松含流 二代目家元で、故人の母、比嘉早苗による追悼演舞「鳩間節」)        

     ・故人を偲ぶ映像写真を交えた友人たちによるトークセッション
     
     ・出演アーティストによるステージ

     ・ 当日はKOBA歌唱、白築純、作詞作曲による玉緒メモリアルソング
      「いついつまでも・・・」CDの先行販売が行われます




~比嘉玉緒メモリアルコンサート主催者、白築純の想い・・・~

2年前の12月10日、33歳の若さで癌のため亡くなった、沖縄の一人の女性、比嘉玉緒。
彼女は周りの多くの人達を不思議な魅力でひきつけてやまない、南の島の風のようなひとでした。
どんな時も爽やかで朗らかな笑顔と、プロになってもおかしくないほどの素晴らしい歌声の持ち主だった彼女の死を悼で、葬儀には600人もの人達が駆けつけました。
あれから2年半・・・今なお彼女の死を受け入れられずにいる多くの友人、そして家族たち・・・。
折しもこの国は今、未曾有の震災を経て、人のいのちのひとつの重さや、人間同士のの絆というものを改めて考えさせられる時に直面しています。
そんな中、我々はひとつの「かたち」を選択し、立ち上がりました。
それは、たいせつな人の「死」というものを通し、かなしみに暮れるのではなく、そこからまたそれぞれが「生」をより深めて新たに「生きる」ことへの提案です。
肉体はなくなってしまっても、そのたましいが違ったかたちで新たな生を受け、人やモノやコトを繋ぎ、広め、深めることで彼女が生き生きと行き続けていく「しくみ」を作りたい。
大切な人を失くした悲しみと悔しさが、この死を無駄にしたくない、という強い原動力となりました。その初めの一歩を彼女の愛したふるさと、沖縄から・・・。
私のボーカル生徒だった玉ちゃんは、いつしか私の大事な妹分になっていました。島根に移住した私の元を、彼女は何度も訪れ、地域の人達とも交流を続けてくれました。
そしてこの度、「沖縄」と「東京」を「島根」というご縁の紐で結び、玉ちゃんへの想いを、多くの方々と共有しながら、このコンサートを開催させて頂ける運びとなりました。
今回はこの主旨に快くご賛同頂いた素晴らしいゲストアーティストたちと共に、空の上の玉ちゃんへ、そして彼女を想う皆さんに音楽をお届けしたいと思います。
中城村出身、浦添音楽祭グランプリを受賞した、これまた私の元ボーカル生徒KOBA.。沖縄県内のCMソングなどで人気を博し、現在東京で活躍中で、独特の声と沖縄の海と土の匂いのするような世界が魅力のシンガーです。今回は私が書き下ろした、玉緒メモリアルソング「いついつまでも・・・」を彼女の歌声に乗せてお届けいたします。
このCDの売り上げの一部を、沖縄県がん患者会連合会へ寄付させて頂き、今後も連携していくことになりました。
そして、私が長きに渡り音楽活動を共にしたミュージシャン仲間の「イルカッパーズ」玉木哲太郎、智子夫妻。彼らは震災直後に千葉の房総半島から沖縄県南城市に移住し、故郷である沖縄で現在、安全な食べ物を消費者に届ける為、米や野菜を作り、音楽を創っている、熱い思いのある素晴らしいミュージシャンフォーマーです。
また、東京で玉ちゃんとも姉弟のように時を過ごしたギタリスト、サウンドプロデューサーで、現在、作編曲家としても大活躍中の川田俊介が、白築純のステージで共演いたします。
彼もこの半年で父となり、実父を癌で亡くしたばかり。このコンサートへひとしおの思いを抱いている一人です。
ご友人たちによるトークセッションや、シークレットバンドの演奏、そして玉ちゃんのお母様で琉球舞踊の御家元でもある比嘉早苗さんの追悼舞踊もご披露頂けることになりました。
多くの方々のご協力の元、時間も距離も越え、たくさんのことを繋いでくれる彼女のたましいに、そして集われる皆様方に喜んで頂ける温かいコンサートにしたいと思います。
このコンサートのチケットは1210円。これは彼女の命日にちなんだものです。
この収益が少しでも、彼女という存在を通して、誰かの苦しみや痛みを癒すちからの一粒になることを願って・・・。
「玉コン」やります!「いのち」に会いに来て下さい。玉ちゃん、見ててね、みんなのことを・・・そこ、、、から・・・。

~2012年 春  島根県雲南市山間のちいさな町 掛合にて  ミュージシャン白築純~




本当はこのコンサートのチラシをこちらに載せたかったのですが、私の力不足の為、載せられなかったので、純さんの想いをチラシ掲載そのまま書き写しました。。。
チラシには出演者のプロフィールなども記載されていますのでご来場の際、目を通してみてくださいね。

たまちゃんのために書き下ろされた「いついつまでも・・・」本当にステキな曲で、みんなに
聞いてもらいたいです。。。

「玉コン」は、たまちゃんへの愛がいっぱいつまったコンサートです♪

この掲示板はどれくらいの人が見てくれているのか^_^;・・・
見てくれた方からのクチコミで、お友達に伝えてくれると嬉しいです!

みなさん、お友達をたくさん誘って、ぜひ、お越しくださいヽ(^o^)丿


お問合せ:玉コン実行委員会事務局
     担当 比嘉秀太 
        090-3792-6889 
        37926889@ezweb.ne.jp 
【290】 たまちゃんのメモリアルコンサート!
松茂良 千夏です。 () <メール送信> 削除
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49期生のみなさん、お元気ですか?

初めて投稿します。

2009年12月10日に49期生の大切な仲間、比嘉玉緒さんが亡くなって2年4ヶ月が過ぎました。。

いつも、たまちゃんを想うと心がキューンってなります。

この度、たまちゃんのメモリアルコンサートを開催する事が決りましたo(^-^)o

たまちゃんは歌が大好きで、素人にしておくにはもったいない程の歌声の持ち主なんです!

以前、たまちゃんを想ってこの掲示板にも投稿してくださった、じゅんさん(たまちゃんの歌の先生)主催で、たまちゃんの歌う映像などを交えた、アットホームなステキなメモリアルコンサートです。

ただ、現在、細かい内容を打合せしている段階だそうですので、今回は日時と場所の告知をせさせてください。

★開催日が2012年6月9日(土)18時〜

★会場は国際通りにあるテンフスホールです。

料金などの詳細を含め、すべてが決まり次第、また改めて投稿させて頂きます。

みんな〜!たまちゃんに会いに来て〜(^O^)/
【289】 イラン情勢、救世主信仰と大統領、うつ病治療の陥穽
- 3-8 組 m () <メール送信> 削除
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×月×日
 このところ、イランを取り巻く空気がキナ臭くなり始めている。
 核開発を止めようとしないイランに対し、これまでは対話路線をとっていた欧州各国も態度を硬
化させるようになり、急速にイラン包囲網が形成されつつある。イラン国内にはそれに反発する動
きもあり、昨年末には、在イラン英国大使館が群衆に襲撃されるという事件も起きた。
 その一方で、昨年から今年にかけて、イランの核関連施設に対する広範なサイバー攻撃があっ
たり、核開発に関わったイラン人技術者が3人も暗殺されるという事件が続いている。イラン政府は
イスラエルによるテロだと主張しているが、真相は藪の中である。
 イランの現状はどうなっているのか。春日孝之『イランはこれからどうなるのか』(新潮新書)を読
んでみると、反米強硬派で鳴らすアフマディネジャド政権下のイランについて、これまで抱いていた
イメージを覆す事実がいくつも書かれていて、目からウロコが落ちる思いがした。
 まず意外だったのが、国内での言論統制などの締めつけは、改革派のハタミ前政権の時よりも、
現在のアフマディネジャド政権になってからのほうがむしろ緩んできているという指摘だ。
 ハタミ前政権時代までは、気心の知れた仲間をホームパーティに招いて酒をふるまっていると、
近所からの密告を警戒しなければならなかったが、現在は、かなりおおっぴらにやれるようになっ
ている。飲酒が公認された訳ではないが、アフマディネジャド政権になってから、革命警察(革命精
神に反する行為を取り締まるための組織)に、あまり過剰な締めつけはしないようにお達しが出て
いるという。
さらに意外なのが、イランとユダヤ人との関係である。
 反イスラエルの強硬姿勢で知られるイランが、その一方で、国内に多数のユダヤ系国民を擁し
ていることは知っていたが、イスラエルを除けば中東でもっとも多くのユダヤ人口を抱えていること
(イスラム革命当時に10万人、今でも2万人のユダヤ人がいる)までは知らなかった。
 しかも、イラン国内のユダヤ人は抑圧されたマイノリティーとして逼塞(ひっそく)しているのかとい
えば、そうでもないという。イスラム革命の指導者だったホメイニは、国内のユダヤ人を保護する指
示を出しており、イランでは、一般のユダヤ人とシオニスト国家としてのイスラエルが区別されてい
る。反シオニズムという立場からのイスラエル批判は激烈だが、それは、反ユダヤ主義とは性格を
異にするもので、ユダヤ人一般への敵対感情には直結してはいないという。
 著者によれば、イランには、ペルシャ帝国の時代からユダヤ人を保護してきた歴史があり、イラ
ン人の深層心理には、自分たちはユダヤ人を保護してやっているという優越感がある。それがユダ
ヤ人への温情主義的な姿勢につながっているという。
 巷間、イスラエルがイランの核施設を空爆するのではないかという噂も飛び交っている両国だが、
イランとイスラエルの間には、イラン国内のユダヤ人コミュニティーをつうじて、部外者の目にはうか
がい知れないパイプがあるのではなかろうか。あくまでも想像に過ぎないが、そんな想像をかきた
てられる話だ。
09年10月までの4年間、毎日新聞テヘラン支局長を務めていた著者に言わせると、イランほど
現実とイメージの落差が甚だしい国はない。その理由は、欧米で伝えられるイラン情報には亡命イ
ラン人経由の誇張されたものが多いことなどもあるが、本音と建て前のギャップが大きいイラン人
の気質も災いしているという。著者の指摘にはなるほどと思わせられる点が多い。

×月×日
 春日の本を読んでいると、アフマディネジャド大統領の印象がずいぶんと変わるが、アフマディネ
ジャドについては、酒井啓子『〈中東〉の考え方』(講談社現代新書)にも、興味深い分析がある。
 宗教保守派として知られるアフマディネジャドは、イランの高位聖職者たちと強固に結びつき、歩
調を合わせているものと思っていたが、両者の関係はそんな単純なものではないらしい。むしろ、
アフマディネジャドは、イスラム聖職者が政治に介入することを望んでいないという。
 そのことを暗に示しているのが、アフマディネジャドが、「シーア派信仰にある救世主出現を現実
的な将来として語ったり、来るべき救世主と直接交信できるのだと主張したり、保守派指導者たち
の間でも眉をひそめるような発言を繰り返している」ことだ。
 シーア派は、イスラム教の開祖であるムハンマドの娘婿の血統をイマーム(宗教指導者のこと)
として仰いできた。ところが、歴代のイマームは第12代で血統が途絶えてしまう。その後、シーア派
では、最後の第12代イマームは死んだのではなく、いまは姿を隠しているが、いつの日か、救世主
として現世に復活してくるという独特の信仰が広まるようになった。キリスト教で信じられているイエ
スの復活と同じようなものだ。
 実は、アフマディネジャドは大統領に就任してから、自分はその救世主からメッセージを受け取
っている、救世主と直接対話することもできる、としきりに吹聴しているのである。
 一見すると、アフマディネジャドが神懸かり的な気質の持ち主のようにも思えてくるが、酒井によ
ると、彼のこうした発言には政治的なメッセージが込められている。
 それは、「救世主と直接交信できるのであれば、救世主不在中の政治の代行者としてのイスラー
ム法学者たちの存在は不要だ」というもので、アフマディネジャドには「奇矯を装いつつ、実は既存
の宗教エリートをも敵に回そうとしている節が見える」という。
 アフマディネジャドが、救世主を持ち出してまで宗教エリートたちの存在感を弱めようとしている
のは、高位聖職者たちのほとんどが革命第1世代に属しているからだ。
 アフマディネジャド自身は革命第2世代に属しており、革命第2世代の間には、第1世代がいつ
までも実権を手放そうとしないために、自分たちが冷や飯を食わされているという不満が鬱積(うっ
せき)している。つまり、アフマディネジャドは、権力のイスから降りようとしない第1世代を追い落と
すために、その中核勢力である宗教エリート層を攻撃しているのである。
 イラン関連の新聞記事を読んでいると、アフマディネジャドと、ラフサンジャニやハメネイなどの高
位聖職者との間で、激しい権力闘争が持ち上がっているという記事を目にすることがある。どうして
同じ宗教保守派の間に対立があるのか、いままではよく分からなかったのだが、世代間闘争が起
きているのだと考えるとなるほど納得がいく。
 酒井は、「特権的地位に甘んじる上の世代の政敵を、貧困層や政権参入を待つ世代を味方につ
けて、追い落としていく」という政治手法から、アフマディネジャドを典型的なポピュリスト政治家だ
と分析した上で、「イランは、普通のポピュリスト、普通の権威主義体制になりつつある」という。
 アフマディネジャドについては、宗教熱に駆られた狂信的な人物ではないかと思っていたが、そ
ういう印象論だけでくくれるような人物ではないようだ。

×月×日
 NHK取材班『うつ病治療 常識が変わる』(宝島社)は、精神医療の現場でいま、何が起きてい
るかをルポしたものだが、読んでいて大変なショックを受けた。
 近年、安易な抗うつ薬の処方によって、かえって病状を悪化させているうつ病患者が全国で続出
しているという。理由は医師の誤診だ。双極性障害(いわゆる躁鬱病のこと)の患者が、誤ってうつ
病と診断されてしまうケースが多い。
 誤診以上に問題なのが、クスリ漬けと形容したくなるほどの抗うつ薬の大量投与の実態である。
薬が効かない(実際にはうつ病ではないから当然なのだが)と患者が訴えると、誤診を疑うのでは
なく、逆に強力な抗うつ薬を大量に処方する医師が少なくない。その結果、患者の病状はますます
悪化してしまうのである。
 なぜそんなことが起きてしまうのか。その背景にあるのは、経験不足のにわか精神科医が増え
たことと医師の間に蔓延しているモラルハザードである。
「誤診や不適切な治療というのは、精神科でもあるのだろうけど、他の科に比べると客観的な証拠
が出にくい。(略)骨折で治りが悪いとか、変形したとか機能障害が残ったということになれば、これ
は誰が見ても明らかに、何か治療上、おかしなことをされたんじゃないかと思いますけど、精神科の
場合、なかなかそういう形では出てこないですね」
「精神科はお金がいいからやろうという発想で始めた方のなかには、(略)医療をビジネスとして捉
え、儲かるか儲からないかっていうところに価値観を置いている方が多いように感じるんですね。で
すから、かなり薬が多かったり、薬漬けというようなこともあったり、(略)そういうことで医療費を喰
っているところもあります」(匿名で取材に応じた開業医)
 ひどい話だが、ある大学病院の勤務医などは、「うつの人はおとなしいし、仮に問題が起こって
も訴える元気がないからリスクが少ない」とうそぶいていたというから、タチの悪い精神科医が増え
ていることは事実のようだ。
 問題はそれだけではない。
 不適切な投薬が横行する背景には、うつ症状に劇的な効果を発揮するSRRIという坑うつ薬の
存在もある。薬の効果に医師がもたれかかっていることが安易な投薬につながっているのだ。とこ
ろが近年、この薬を服用した患者が自殺したり、暴力行為に走るケースがいくつも報告されはじめ、
この薬の副作用なのではないかと懸念されているという。
 米国でふたりの高校生が学校内で銃を乱射し、多数の死者を出した事件(コロンバイン事件)が
あったが、驚いたことに、彼らは犯行直前にSRRI系の坑うつ薬を飲んでいたという。
 もっと驚かされたのは、航空機マニアの青年が飛行中の大型旅客機の操縦室に侵入し、機長を
刺殺した日本の事件だ。自分で飛行機を操縦して、レインボー・ブリッジの下をくぐり抜けてみたか
ったという異様な動機による凶行だったから、記憶している人も多いと思う。あの青年も、やはりS
RRI系の坑うつ薬を服用していたことが判明しており、犯行そのものが薬の副作用によってもたら
された疑いが強いとして、裁判では無罪になっている。
 こうした事態を受けて日弁連でも調査に乗り出したというが、気になるのは次の一文だ。
「今回の取材では、複数の弁護士から、これまで『理由なき凶行』と思われていた事件のなかに抗
うつ薬との関連が疑わしいものがあり、なかには多くの人が覚えている『あの事件』も含まれている
という」
 あの事件とは何を指しているのだろうか?
 おどろおどろしい話ばかり紹介したが、この本では、うつ病治療のあり方を改善するために、精
神科医、心理療法士、患者とその家族たちが、現場で様々な取り組みを始めていることも書かれて
おり、バランスの取れた問題意識で貫かれている。決してセンセーション狙いの本ではない。
 うつ病はいまや国民病であるともいわれる時代だけに、この本で書かれている精神医療現場の
実態や、そこで問われている課題については、ひとりでも多くの人が知っておくべきだろう。

【付記】
 付記といっても、上記本文とは全く関係ありませんが…。
 奥平がとうとう身を固めたということなので、お祝いの言葉を述べさせて頂きます。
 3ヵ月も経っていて時期遅れもいいところではありますが、おめでとうございます。
 ちなみに、奥平が属する安里旗頭青年団のブログをご覧じあれば、婚儀の席での奥平の姿を写
真で認めることができます。琉装姿もなかなか板についております。

 
【288】 久しぶりに
- 3-10 組 安村良彦 () <メール送信> 削除
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はいさい。
久しぶりに覗きにきました。
同窓会いいですね~!
今まで1回も参加できなかったので、今年こそは参加したいですw

昨年は同期数名と10年ぶりに連絡が取れる様になったりして、ある意味では良い年でした。
震災の影響もあり、厳しい世の中になりましたが、みんな笑顔で会えるといいですね!



【287】 49期生同期会
- 11 組 同窓会幹事 () <メール送信> 削除
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1月も今日で終わり。明日からもう2月ですね。
今年はロンドンオリンピックの年ですので、恒例の49期生同期会を開催します。
前回は8月に行いましたが、今年はまだ未決定です。
たぶん8~10月あたりにしたいな~って思ってますので、
決定次第、またお知らせいたします。
皆さんのご参加、宜しくお願いいたします。
【285】 じゅんべーが結婚します。
東京から () <メール送信> 削除
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明日じゅんべーが結婚します。

電話くれました。出席できなくてごめん。電話ありがとう。

おめでとう!ごめんなさい。電話うれしかったよ。

どっかにつぶやきたかった。。ありがとう。お幸せに。

【284】 追悼・小松左京
- 3-8 組 () <メール送信> 削除
この記事について管理者への報告
 SF作家の小松左京が亡くなった。
 個人的にとても思い入れのある人なので、いわく言い難い感慨がある。

 小松左京への追悼のコメントをいくつか目にしたが、どれもこれも、いまひとつ臍(ほぞ)に落ちな
いものばかりだった。それというのも、小松左京という人物の全体像に触れ得たコメントがひとつも
なかったからだ。

 それはそれで仕方のないことではある。
 小松左京の全体像を紹介しようと思ったら、紹介するほうも、本人と同程度の知識量と視野の広
さを持たなければならないが、そんなことは無理だからだ。

 13世紀のパリで活動したキリスト教神学者で、「コメストル(大食漢)」と渾名された学僧がいる。
知的欲求の塊のような男だったようで、本をむさぼり食うように読破していったことからその名が進
呈されたらしいのだが、小松左京もまた、常軌を逸した「知の大食漢」だった。この世の森羅万象に
関わるありとあらゆる知識を喰らい、ガブ呑みしていった人物だった。
 猛然たる勢いで次々に作品を発表していたころの小松左京が、「SF界のブルドーザー」と呼ばれ
ていたことは有名な話だが、私に言わせれば、ブルドーザーという表現でもおとなしすぎるというも
ので、その知識の積載量と思考のスケールの大きさからすれば、ブルドーザーというよりも大型タ
ンカーを思わせる存在だった。

そんな人物が相手となれば、群盲が象を撫でるようなコメントばかりになるのも、仕方がなかった
だろう。かくいう私自身、小松左京とは何者だったのかと問われれば、言葉を失って口ごもるほか
はない。
 しかし、そうはいいながらも、なかにはかなり的外れなコメントがあったのも事実で、批評家・東浩
紀のコメント(NHK科学文化部ブログに掲載)などは、その代表格といったところだろう。
 東日本大震災を念頭に置いてのことだろうが、東は、小松左京の代表作である『日本沈没』に触
れて、「決して後ろ向きな作品ではなく、政府や官僚の努力がいかに日本を救うかというもので、ど
んな困難も乗り越えることができるという未来に向かって非常に強い前向きなメッセージが込めら
れたものだった」と、コメントしている。

 こんな浅い読みしかできないようでは、「批評家」の肩書きが泣くというものだ。小松左京も立つ
瀬がないだろう。

 東は知らないらしいが、数年前に出した回想録『SF魂』(新潮新書)のなかで、小松左京は、『日
本沈没』執筆の動機を次のように明かしている。

  なぜ『日本沈没』を書いたかと言われれば、やはり「一億玉砕」「本土決戦」への引っかかりが
 あったからだ。
  ちょうど1963年に林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」が出て、その種の論調が勢いを持ち始
 めていて、僕はどうもそれが気に入らなかった。(略)
  政府も軍部も国民も、「一億玉砕」と言って、本当に日本国民がみんな死んでもいいと思って
 いたのか。日本という国がなくなってもいいと思っていたのか。だったら、一度やってみたらどうだ
 ――そこから、日本がなくなるという設定ができないかと考え始めた。

 つまり、『日本沈没』は、本土決戦で日本が滅亡していたら、国家を失った日本人はどうなってい
たか、国を失っても日本人は日本人たりえるのかを、戦争による国家の破滅ではなく、地殻変動に
よる国土の消失という形に置き換えて、シミュレートした小説だったのである。

 敗戦時、旧制中学の学生だった小松左京は、政府や官僚が日本を滅ぼしかけたあの戦争にこ
だわり続けた人物だった。そして、その戦争へのこだわりが、『日本沈没』という作品に結実したの
である。
 『日本沈没』が、東のいうような、「政府や官僚の努力がいかに日本を救うか」を描いた作品など
ではないことは、これだけでも十分に明らかだろう。

 いささかムキになって東のコメントに噛みついたのには理由がある。
 小松左京が抱き続けたあの戦争へのこだわりを読み取れるか否かで、小松作品の理解のレベ
ルがまるで違ってしまうからである。東のようにそれを視野から落としてしまっては、小松左京をき
ちんと論じることはできない、と思えてならないからである。

 実際、〈戦争文学としての小松SF〉というくくりで、ちょっとした評論をものすことができそうな気が
してくるほどだが、小松作品のなかには、著者の戦争体験が色濃く投影されているとおぼしきもの
がいくつもある。

 平穏な郊外の新興住宅街にどこからともなく武装した歩兵部隊が現れ、そこに通りかかった主人
公が自衛隊の訓練かといぶかしんでいると、目の前で突然、別の軍隊との間で本物の戦争が始ま
り…という場面から始まる「春の軍隊」も、そのひとつである。
                   *
  日本各地に突如として出没した謎の軍隊は、彼らの戦争とは何の関係もない日本人を巻き添
 えにしながら激戦を戦わせ、破壊の跡だけを残して、いつの間にかかき消えてしまう。
  日本政府は困惑するが、警察ではどうしようもなく、自衛隊を出動させはするが、防衛出動な
 のか、治安出動なのかで国会も混乱する。どうにか交戦中の軍隊の通信に割り込んだ日本政府
 は、日本国内からの即時撤退を求め、応じなければ自衛隊による武力制圧もやむなしと警告を
 発するが、逆に戦術核による反撃をほのめかされ、衝撃を受ける。
  主人公が住む住宅街では、国籍不明の軍隊と自衛隊による三つ巴の戦闘が勃発し、閑静な
 住宅地は激戦場と化す。夜が明けると、謎の軍隊の姿は影も形もなくなっており、自宅に投げ込
 まれた手榴弾を放り出そうとして重傷を負った主人公は、めちゃくちゃに破壊された廃墟のなか
 でただ呆然とたたずむしかなかった――。
                   *
 日常生活のなかに不意に戦争が忍び込んでくるという同じ系譜の作品には、「春の軍隊」のほか
にも、「夢からの脱走」という中篇がある。この作品では、悪夢がひたひたと現実世界に侵襲してく
る恐怖が描かれる。
                   *
  平凡なサラリーマンである主人公は、しばしば悪夢にうなされるようになる。
  その夢の中では、日本は戦場となっているらしく、彼もまた、転戦中の部隊に兵士として属して
 いるらしい。どこの国と戦っているのか、勝っているのか、敗けているのかも皆目分からないまま、
 夢の中で彼は何度も戦闘に遭遇し、死線をさまようことになる。
  やがて、その夢は時を選ばずに彼を戦場へと拉し去るようになり、平穏な日常と戦争とに引き
 裂かれた主人公の精神は次第に壊れ始めていく。主人公は、その夢の中の戦場から脱出しよう
 とするが、その結末はまさに悪夢としかいいようのないものとなる。
                   *
 どちらの作品もカフカの『審判』を思わせる不条理劇である。
 学生時代にカフカを耽読していたというだけあって、小松左京は不条理劇を書かせると実にうま
い作家だったが、特に戦争を描いた作品には秀作が多い。

 小松左京には、高度経済成長に浮かれる日本社会を横目でにらみながら、日本人は戦争があ
ったことを忘れたのか、と歯噛みする思いがあったようだ。
 「戦争はなかった」は、そうした思いが小松左京にペンを執らせた作品であろう。 
                   *
  著者と同世代とおぼしき主人公は、久方ぶりの同窓会の席で戦時中の思い出話を口にするが、
 同窓生たちが戦争があったなんて聞いたことがないと言い出したことに激怒し、喧嘩別れしてし
 まう。
  ところが翌日、酔余の眼で歴史書をたぐってみると、戦争があったという記述がどこにもないこ
 とに愕然とさせられる。書店からは戦記小説が、玩具店からは戦艦大和や武蔵のプラモデルが、
 レコード店からは軍歌が、ことごとく消え去っている。いつの間にか、あの戦争はなかったことに
 なっていた。
  主人公は、友人、同僚、家族と片っ端から、戦争があったことを説き聞かせるが、誰も戦争が
 あったことを知らないことに、ひょっとして狂っているのは自分のほうなのか、という疑いさえも抱
 くようになる。
  周囲から孤立した主人公は、《戦争はあった、多くの人々が死んだ、日本は敗けた》というプラ
 カードを掲げて街頭に立つようになる。
  やがて、医局の腕章を巻いた男たちと警官が現れ、主人公を精神病院の患者護送車に連れ
 こもうとする。揉み合いの最中、医局員の腕章を凝視していた主人公が叫ぶ。
 「わかった!――やっとわかったぞ! お前たちやっぱりかくしていたんだな。――あの戦争の
 ことを…この世の中からかくしていたんだ。おれは見たぞ。お前…お前憲兵だろう! その腕章
 に…」
 「いま見たんだ。その腕章をうらがえしてみろ! その裏には、たしかに憲兵の腕章が…」
  主人公はたちまち車に押し込められ、いずことも知れずに連れ去られてしまう――。
                   *
 戦争の記憶にこだわり続けた主人公は、絶望的なまでの孤立状態に突き落とされるのだが、主
人公を取り巻く索漠(さくばく)とした孤立感は、あるいは小松左京自身のものでもあったかもしれな
い。
 それにつけても、まるで戦争など忘れたかのような世の風潮への懐疑から発して、そこから、本
当に戦争がなかったことになったら…という不条理劇を構築してしまうところは、ストーリーテラーと
しての小松左京の面目躍如というべきだろう。

 戦時中の日本はいわば国ぐるみで一種の神懸かり状態に陥っていたが、あの戦争がもたらした
狂気をサイキック・ホラーの手法で描いた作品が「召集令状」である。
 この小説から醸(かも)し出される狂気と不条理には、ほかの作品を上回る生々しさがある。
                   *
  主人公は、職場の後輩から、「これ、なんだか知りませんか?」と一枚の紙片を差し出される。
 それは、戦時中の召集令状――赤紙だった。
  主人公たちは手の込んだいたずらかと首を傾げるが、その数日後、後輩は失踪してしまう。や
 がて、同じように召集令状を受け取っていた大勢の若者たちが行方不明になっていることが分か
 り、次第に社会問題となっていく。
  どこからともなく舞い込んでくる召集令状に人々が慄然とするなか、失踪した若者たちの家族
 宛に戦死公報が届きはじめ、ついに日本社会はパニック状態になる。
  どこかで今も続いているらしい戦争は、戦局がいよいよ逼迫(ひっぱく)してきたらしく、高校生
 にまでも召集令状が届きはじめ、やがて徴兵対象は30代、40代にも及ぶようになり、とうとう主
 人公にも召集令状が届く。
  召集日の夜、主人公の下に召集されて失踪したばかりの同僚が失踪直前に郵送していた手
 紙が届く。その内容は、この怪奇現象を何者かが惹き起こした人為的なものだと推定した上で、
 その人物像を推理していくものだった。
  その手紙に主人公は震撼する。なぜならば、彼はその人物を知っていたからだ――。
                   *
 小泉純一郎の靖国参拝が政治問題となった時分、靖国神社について知りたくなって、いろいろと
関連書に目を通したことがある。
 その時、A級戦犯合祀を決断した当時の靖国神社宮司の人物像を伝えるルポを読んだが、その
宮司について知れば知るほど、「召集令状」に登場するその人物――この小説の隠れた主役とい
うべきだろう――のことが思い起こされて、薄気味悪さを覚えたものである。

 戦争をテーマにした作品はほかにもある(「地には平和を」、「くだんのはは」)が、小松左京が戦
争を意識し続け、SF的手法を凝らして戦争の不条理を描き続けた作家だったことを知ってもらうに
は、もう十分だろう。

 司馬遼太郎が、昭和の日本への失望を起点として、数々の作品を書き上げていったことはよく知
られている。敗戦直後の心情について、司馬はこう語っている。
「なんとくだらない戦争をしてきたのかと、まず思いました。そして、なんとくだらないことをいろいろ
してきた国に生まれたのだろうと思いました。敗戦の日から数日、考え込んでしまったのです。昔の
日本人は、もう少しましだったのではないかということが、後に私の日本史への関心になったわけ
ですね。(略)
 いったい、こういうバカなことをやる国は何なのだろうということが、日本とは何か、日本人とは何
か、ということの最初の疑問となりました」(司馬遼太郎『「昭和」という国家』)

 日本のサル学研究――日本が世界をリードしてきた学問分野――のパイオニアのひとりである
河合雅雄も、自らのサル研究の出発点に戦争体験があったことを述べている。
「戦争が終わってみて、何で人間は、こんなバカげたことをするんだろうと思った。こんなことをする
人間の人間性というものを、もう一度その大元にまで立ち返って、探ってみようと思った。そのため
には、サルまで立ち返って人間性の根源まで調べてみにゃならんと思った」(立花隆『サル学の現
在』)

 小松左京の原点にあったのも、このふたりと同様の問いかけ――こういうバカなことをやる国と
は何なのか、人間はなぜこんなバカげたことをするのか、という問いかけだった。
 小松左京は、司馬のように日本とは何か、日本人とは何かを問い、河合と同じく人間という存在
の大元は何かを問い続けたが、しかし、その問いはやがて、我々が存在しているこの宇宙とは何
か、宇宙にとっての人間の存在意義とは何かを問うものにまでなってゆき、そして、その知的自問
自答をつうじて、余人には追随し難いほどの巨大な知的世界を構築したのだった。

 ――小松左京という人は、桁外れにスケールの大きな人物だった。
 ただこの一言が言いたくて書き始めたのだが、思いばかりが先走ってあれこれと書き散らした。
しかもそれでいて、肝心なことにはついに触れ得なかったような気がする。
 浮き輪で大型タンカーに挑むような無謀なことはすべきではなかったかもしれない。

【283】 流れ
ひかり () <メール送信> 削除
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色んなことがおこります。
いろんな事に気付きます。
でも止まっちゃいけない。
進むべき。

人って、すごい可能性があるから。

災害だらけの日本だけど。きっとその中から気付いて。学ぶべきこともたくさんあるはず。

何か、遠くからでも、自分なりにできることで困っている人を助けたい。
【282】 大震災について・2
- 3-8 組 () <メール送信> 削除
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 福島第1原発の状況は依然として事態収拾の見込みが立たず、事故の深刻さが改めて浮き彫りにされつつあります。今回は原発事故に関する本を取り上げます。

×月×日
 昨年の8月に出版された本だが、期せずして予言の書になってしまった観があるのが、広瀬隆
『原子炉時限爆弾――大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)である。
 原発をテーマにペンを取るのは十数年ぶりということだが、広瀬隆といえば、『ジョン・ウェインは
なぜ死んだか』、『東京に原発を!』などの著作をつうじて反原発の論客として知られる人物。近年
は、『赤い楯』、『私物国家』など、国際政治や世界経済の裏で暗躍する闇の勢力に関する一連の
著作を発表している。
 私はこの人には好感を抱いていないが、この本から教えられるところは少なくなかった。広瀬が
過去に発表してきた原発本も何冊か読んでみたが、それで分かったことは、広瀬が大地震や津波
によって原発が破壊される危険性(「原発震災」と呼ばれる)に繰り返し警鐘を鳴らしていた、という
ことである。福島で起きた事態は決して「想定外」のものではなかったのだ。
 この本で危険性が切迫していると名指しされているのが、中部電力・浜岡原子力発電所(静岡県
御前崎市)である。周知のとおり、菅首相からの要請を受けた中部電力は浜岡原発の運転停止を
決定したばかりである。
 反原発論者の間では、浜岡原発の危険性はかなり前から指摘されていたらしいが、たしかにこ
の本を読んでみると、よくもこんな危険な土地に原発を建造したものだと背筋が寒くなってくる。
 最近、菅首相の浜岡原発の運転停止要請が批判されている(法的な根拠がないなど)が、この
本を読めば、ある種の超法規的措置を講じる形になっても、浜岡原発を停止させたことは正しかっ
たと思えるはずである(なお、誤解がないように言い添えておくと、私は浜岡原発の運転停止は支
持するが、全ての原発を即時停止せよという意見には反対である)。
 浜岡原発が立地する御前崎は、ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、さ
らにそのフィリピン海プレートの下に太平洋プレートが沈み込むという複雑な地下構造になってい
る。直下型の大地震の発生が懸念される地震の巣なのである。広瀬に言わせると、「このように三
重の重なりがある危険地域は、世界中でここしかない」という。
 どうしてそんな危険な場所に原発が建設されたのだろうか。
 その理由のひとつとして、日本で原発建設が本格的に始動しはじめた時期というのが、地震に
関してほとんど何も分かっていない時代(地震科学の基礎理論であるプレートテクトニクス理論が
まだ確立されていなかった)だったことを広瀬は指摘している。
 アルフレート・ヴェーゲナーが提唱した大陸移動説が、より精緻なプレートテクトニクス理論として
まとめられたのが1968年のことだが、その翌年の1969年に浜岡原発1号機の建設が決定され
ている(ちなみに福島第1原発1号機の原子炉設置許可が下りたのは、さらにさかのぼって1966
年)。当然のことながら、この時期に建設が始まった原発の設計・建設にあたっては、プレートテク
トニクス理論に基づく知見は用いられていない。
 広瀬によると、1964年に策定された原子炉立地審査指針(原発の建設地点を決定する際の原
則を定めたもの)には、「地震が多発する場所に原発を建設してはならない」という定めがそもそも
なかったという。驚くべきことだが、日本の初期の原発は事実上、地震災害のリスクを考慮せずに
建設されてきたといえる。
 その後、原発施設の耐震強度が1978年に定められる(浜岡原発はその2年前からすでに運転
を開始)が、それ以降、電力各社は、原発はもともと頑丈に造られているので、既存の原発も耐震
強度をクリアしていると説明してきた。しかし、初期の建設基準の甘さとその後の原発の老朽化を
考え合わせると、この説明はとうてい信用できないと広瀬は言う。
 浜岡原発の運転停止要請という踏み込んだ決断をした菅首相も、そのほかの原発については、
安全性に問題はないという逃げの姿勢である。政府は国内の全原発について安全性の徹底的な
再検証を行うべきだ。

×月×日
 今回の事故による放射能汚染について知りたいと思って手に取ってみたのが、武田邦彦『原発
事故 残留汚染の危険性』(朝日新聞出版)である。
 タイトルからてっきり残留放射能による危険性が検証されていると思ったのだが、実際に読んで
みると、この本の記述のほとんどは、地震と津波によって原発がなぜ破壊されたのかという分析に
割かれていて、放射能汚染の危険性についての記述量は全体の4分の1程度である。タイトルと中
身がかみ合っていない欠陥本だが、それでも興味深いことがいくつか書かれている。
 民間会社のウラン濃縮研究所で所長を務めたことがある著者は、原子力行政の実態をうかがわ
せるような体験をしている。
 ある時、著者は、施設内のある配管に問題があることに気がつく。もしも事故が起きると、その配
管を通じてウランが海に流れ出てしまう危険性があったというから、見過ごしにはできない問題で
ある。著者はさっそく科学技術庁の担当部署に連絡を入れ、「自分の設計のミスだから始末書か何
かを書きますから配管を取り外したい」と申し入れたという。 
 ところが、科学技術庁からは配管を取り外す許可が出なかった。国が審査・認可した研究施設に
設計段階で問題があったとなれば、国の審査も間違っていたこととなり、監督官庁の責任問題にな
る。それを嫌った科技庁の担当者はとうとう許可を出さなかったという。
 しかし、安全性に問題があるという事実は動かしようがないので、著者はその配管を取り外した。
後日、科技庁の担当者から、「武田さん。あれは、武田さんが勝手に外せということにしたといって
いるんですよ」と耳打ちされたという。原子力施設の安全性を高めることよりも、官僚たちの責任回
避が優先されたのである。
 このような体験をすれば当然のことだが、著者は原子力行政に根深い不信感を抱いていて、今
回の事故の責任も、東京電力ではなく原子力安全・保安院と原子力安全委員会にあるという。著者
によると、国が定めた耐震指針のせいで日本の原発はもともと地震で壊れるようにできていたから
だ。それはどういうことか。
 原発の耐震指針は、あらかじめ想定された地震の揺れに耐えられるようにすることを定めている
が、現実には、想定震度を上回る地震に見舞われることは大いに考えられる。ところが、現在の耐
震指針では、想定震度を上回る地震に遭遇する可能性について真剣に考慮せず、「残余のリス
ク」として放置していると著者は言う。
 残余のリスクとは、原発建設前に電力会社が収集したデータからは予測することができないリス
ク(積み残しにされたリスク)のことである。ひらたくいえば「想定外のリスク」ということだ。
 著者に言わせると、残余のリスクという概念が耐震指針の中に持ち込まれたことで、「『想定内』
の地震や津波だけを考えればよく、『想定外』の場合は原発が破壊してもよい」ことになってしまっ
たという。そして、こんなおかしな概念が持ち込まれたのは、「何が起こっても実施側の責任になら
ないという抜け道をつくるため」だったのだろうと推測している。
 現行の耐震指針が策定された際、原子力安全委員会の専門委員だった著者は、「この耐震指針
では、原発が地震で破壊されることになるので、付近住民に逃げるためのオートバイと甲状腺を守
るヨウ素剤を配ったらどうか」と発言したそうだが、反応はなかったという。
 著者の意見に全て賛同する訳ではないが、この本を読んでいると、原子力開発に携わった技術
者の視点からは問題がどのように見えるのかが分かって、面白いといえば面白い。

×月×日
 東京電力も、原子力安全委員会も、原子力安全・保安院も、政府首脳も、いまだに福島第1原発
を襲った事態は想定外のものだったと言いつのっている。
 しかし、朝日新聞取材班『「震度6強」が原発を襲った』(朝日新聞社)を読めば、そんな言い訳が
通用しないことは一目瞭然である。
 覚えている人も多いだろうが、2007年7月に起きた新潟県中越沖地震では、東京電力・柏崎刈
羽原発が強烈な震動に襲われた。原子炉は緊急停止したが、施設内で発生した火災の鎮火が遅
れに遅れたことや、放射能を帯びた冷却水が海に流出するなど、原発の防災体制がまるで役に立
たないものであることが明らかになった。
 この本は、その柏崎刈羽原発の事故によって崩壊した原発安全神話を緊急検証(地震発生から
3ヶ月後に出版)したものだが、読めば読むほど腹が立ってくる。あの時の経験からちゃんと学んで
いれば、今日の事態は避けられたはずだからだ。
 柏崎刈羽原発では、建設前の地質調査で建設予定地の直下に活断層はないと判定されていた
が、実際には、原発の直下に断層が走っていた。中越沖地震ではその活断層がズレたことで、活
断層はないという前提で計算されていた想定震度をはるかに上回る、強烈な激震に原発が直撃さ
れることになった。
 なぜ原発の真下に活断層が走っていることが分からなかったのか。もともと活断層は発見しにく
いものであることに加えて、電力会社による調査方法が不適切だったからだ。
 活断層を発見するための調査方法としては、「活断層がずれ動いた影響で川や谷、尾根が不自
然にずれたり、地形がたわんだりしたと見られる場所を航空写真から探し出す」変動地形学という
手法がすでに確立されている(それでも確実に発見できる訳ではない)のだが、これまで電力会社
が行ってきた原発周辺の地質調査では、変動地形学に基づく手法は用いられてこなかった。電力
会社や保安院は、変動地形学の手法を用いなくても、活断層の有無は確認できると考えていたか
らだ。
 ところが近年、変動地形学の手法で再調査した結果、存在しないと判定されていた活断層が次
々と発見されていたのである。
 地震発生後のことだが、柏崎刈羽原発でも、周辺海域のデータを変動地形学の手法で分析した
ところ、当初、東京電力がごく短い断層だと判定していたものが、実は巨大な活断層の一部分だっ
たことなどが明らかになった。再調査に携わった研究者は、「当時なぜこれほど断層が過小評価さ
れ、国もそれを認めたのか疑問だ。新たな調査も必要だが、その前に当時のデータをすべて公開
し、なぜ短いと評価したのかについて説明責任を果たすべきだ」と、憤りを隠さない。
 同じく変動地形学の手法を用いて、島根原発(中国電力)の近辺に活断層が存在することを確認
した別の研究者は、あきれ顔でこうコメントしている。「私たち活断層研究者の多くは、原子力の世
界でそんな科学的とは言えない方法で活断層を調べていることを最近まで知らなかった」
 電力会社や政府が声高に唱えてきた原発の安全性とは、専門家から「科学的とは言えない方
法」と酷評されるほどいい加減な調査に基づくものだったのである。
 この本では、原発の耐震指針改定の経緯も詳しくレポートされている。耐震指針には当局の責
任逃れの意味しかないという武田邦彦の批判をすでに紹介したが、この本の第3章(「揺れる耐震
指針」)を読めば、そんな単純な話ではないことが分かる。
 原発の耐震指針が改定されることになったきっかけは阪神大震災だった。断層地震の予測の難
しさと、それまでの耐震強度では不十分であることが、阪神大震災で明らかになったからだ。
 指針改定の狙いは、それまでの硬直的な耐震指針のあり方を改めて、予測が困難な断層地震
のリスク(=残余のリスク)を含めた形で原発の安全基準を考え直すというもので、科学的にもちゃ
んとした妥当性がある(武田は「残余のリスク」という言葉のあいまいさに不信感を抱いたようだが、
地震の専門家ではなかったことからくる誤解があったのかもしれない)。
 その後、耐震指針の改定から1年も経たないうちに柏崎刈羽原発が激震に襲われたことで、旧
指針の破綻は誰の目にも明らかになった。
 日本の原発安全神話は今回の事故が起きる何年も前にすでに崩壊していたのである。
 この本によると、中越沖地震の数日後、英国紙タイムズは、「ツナミ、カミカゼ、ヒロシマ。日本は
世界に数々の『死の言葉』を提示してきたが、今また恐怖の言葉を加えようとしている。ゲンパツ・
シンサイだ」と前置きした上で、日本国内でもっとも危険な原発として、「ハマオカ」を名指しした記事
を掲載したという。
 海外の目には、柏崎での経験がありながら福島原発での事故を回避することができず、福島で
メルトダウン事故を起こした後になってようやく浜岡原発を停めた日本という国は、よほど学習能力
に欠けた国だと映っているに違いない。

 
 
 
 
 
最終更新日 2012/05/18 16:13:21
 
 
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